カナダのトロント界隈のセックスワーカーにとって、パンデミック初期は極めて困難な時期だった。みな仕事を失い、救済措置を得ようと躍起になる一方、繁華街では警察の取り締まりも強化された。セックスワーカーたちの多くは、なんとか生活するだけで精一杯だった。
【写真】コロナの影響で収入が激減したと語るセックスワーカーのアリッサ
「コロナが発生した時、私たちは取り締まりの波と格闘していました」。トロント市内で活動するセックスワーカー擁護団体Maggies Toronto Sex Workers Action Projectの理事メンバーで、クリニック運営を担当するエリー・アド・カー氏はこう語る。「政府の救済措置は受けられませんでしたから、自分たちで緊急支援や食料配給プログラムを立ち上げなくてはなりませんでした。パンデミック中の支援を受けられるよう、自分たちで精神疾患サービスも立ち上げました。セックスワーカーは完全に政策から置き去りにされていたんです」
すると2020年8月、オンタリオ州が事業の営業再開を認めるお触れを出してからわずか数カ月後にトロントのストリップクラブBrass Rail Tavernで感染者が発生。オンタリオ州のダグ・フォード州首相が同店に対して差別的な発言をしたことで、事態はさらに悪化した。「家に帰って、帰宅して『実はBrass Railにいたんだ』と告げなければならない方々はお気の毒です」と、彼は報道陣に語った。「こうした方々は本当に残念です。伴侶の皆様にも心から同情します」。トロントのジョン・トリー市長も軽蔑的な発言でこれに同調し、パンデミックのさなかにトリップクラブが「店を開ける必要があるのか」と疑問を投げかけた。「いまだ公演ができない小劇場がある一方で、こうした場所が営業してサービスを提供しているのはなんとも皮肉です――批判するつもりはありませんよ、ただナンセンスな話だと言いたいだけです」。その後9月にストリップクラブは再び営業を停止した。
こうした発言にカー氏は憤りを覚え、1980年代にHIV/AIDSの感染が拡大した際の政府の対応と変わらないと感じた。あの時も、ウイルス感染の責任はセックスワーカーたちに転嫁された。「セックスワーカーが病気をまき散らしている、セックスワーカーは恥ずべき存在だ――パンデミックの際にはこういうような風潮が広がって、セックスワーカーはパンデミックの間ずっと非難の対象にされるんです」と、彼女はローリングストーン誌に語った。
住所不定の人々や不法移民の住むコミュニティが主な対象
Maggiesが恩返しという形で対抗したきっかけは、まさにセックスワーカーやその収入源に対するこうした否定的な意見だった。Maggiesでは昨年夏からトロントの繁華街のあちこちに気軽に利用できるワクチン診療所を設置し、少なくとも3600人にワクチンを提供している。ワクチン診療所が開設されたのは教会やサウナ、シェルターなどだが、もっとも注目を集めているのはストリップクラブだ。アド・カー氏いわく、パンデミック中のセックスワーカーにまつわる「話の流れを変える」ために意識的に行った活動のひとつだ。
「実際セックスワーカーたちは公衆衛生に深く肩入れしている、これまでもずっとそうだったんだ、と反論したかったんです」と彼女は言う。
この1年、Maggiesはトロント市内の診療所や当局と提携して、敷居の低い移動診療所を設置した。ワクチン接種希望者は住民票や健康保険証など、従来のように身分証明書を提示しなくても注射を受けられる。この1年で大勢がワクチンを接種したことから、Maggiesも追加接種に切り替えた。もっともMaggiesのジェニー・ダフィー理事長によれば、よそでワクチンを接種できなかった高齢者など、1回目・2回目のワクチン接種を受けに来る人もいるという。
移動診療所がとくに対象としているのは、住所不定の人々や不法移民の住むコミュニティなど、ワクチン接種のために書類を用意できないような人々だ。世間からのけ者にされたり、そしりを受けることを恐れるセックスワーカーたちも対象にしている。「我々がID提示を求めないことも、診療所に足を運ぶ要因のひとつです」とアド・カー氏も言う。
ストリップクラブでの移動診療所を推し進める組織はMaggiesだけではない。ラスベガスではHustler Clubという店舗がドライブスルー式のワクチン診療所を開設し、ワクチンを接種した客には無料でラップダンスを提供するというキャンペーンも行った。だがMaggiesの場合、社会から疎外された人々が置き去りにされたパンデミックのさなか、自分たちのような行政サービスの届かないコミュニティにアプローチする画期的な方法を見出し、その過程で風俗産業に対する偏見を払拭した。
反ワクチン派からの批判も
Maggiesは2021年6月、地元の教会に最初のワクチン診療所を開いた。トロント市内ではいくらか反発もあり、ダフィー理事長によれば、道路にピケを張った反ワクチン集団もいたそうだ。「さんざん言われましたよ、ストリップクラブをダシにしてワクチンを接種させようとしているとか、ワクチンを接種するには不潔な場所だとか、ストリッパーからワクチンを打たれるんだとか」(これは間違いだ――実際にはMaggiesと提携する地元の診療所や保健当局がワクチンを投与する。だがダフィー理事長も苦笑するように、こうした批判が出てくるのはある意味皮肉だ。セックスワーカーが医療従事者であることは珍しくないからだ。「診療所に行って、検診してくれた先生がセックスワーカーだということもありえます」)
MaggiesがZanzibarsやFillmoresといったトロント中心地のストリップクラブに声をかけると、オーナーは喜んでワクチン用に店を解放してくれた。ここにもまた移動診療所が世間の目を向けようとした事実がある。パンデミック中、個人事業主は営業許可申請料を免除されていたものの、ストリップクラブは営業停止中も営業許可の費用を払わなくてはならなかったのだ。
とりわけZanzibarsではステージが小さすぎてワクチン接種者を収容できなかったため、客席でワクチンを投与した。VIPエリアは医療従事者がワクチンを積み下ろす場所に充てられた。Maggiesではダンサーやその家族が出勤・退勤に合わせてワクチンを受けられるよう、診療所の開設時間をクラブの営業時間に合わせているが、ワクチンを接種するために身分証明書を提示できない、あるいは提示したくない人々にも門戸を開いている。「路上生活や公園で寝泊まりしているセックスワーカーも大勢います。不法移民だったり、身寄りがなかったり、失うものを抱えているセックスワーカーもいます」とアド・カー氏は言う。
ワクチンを接種する際に身分証明書の提示義務を免除したことで、Maggiesは行政サービスから取り残されたコミュニティに直接アプローチすることができるようになった。「おかしな話ですが、こうしたけばけばしいストリップクラブが公然と目につく場所になったんです」と彼女は言う。「ですが、こうした敷居の低さこそがある種の匿名性を与えています」 。アド・カー氏が不法移民の人々に呼びかけたところ、はるばる5時間かけてMaggiesの診療所にワクチンを受けに来てくれたこともあったそうだ。同組織ではワクチン接種に消極的な人々への説得も行っている。「建設業や輸送業、肉体労働に関わる大勢からも話を聞きました――こうした業種はトロントの反ワクチン派の大半を占めています」と彼女は言う。「ストリップクラブと同じような環境ですから、そもそもワクチンを受けようと思っていなかった人たちを受け入れるにはぴったりです」
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from Rolling Stone Japan
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